大判例

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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)1632号 判決

原告

株式会社三和オートパーツ

右代表者

山田順久

右訴訟代理人

鶴見恒夫

樋口明

被告

有限会社武田商事

右代表者

武田一福

被告

武田一福

右被告両名訴訟代理人

浅野隆一郎

主文

一  被告らは各自原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五五年一〇月一日、訴外名東産業株式会社(以下訴外名東産業という)との間で、被告有限会社竹田商事(以下被告会社という)発売の燃料イオン化装置「オーエックス・ワン」(ガソリン燃費節約装置)を原告が地区代理店として県代理店たる同訴外会社から継続的に買い入れて再販売する旨の地区販売代理店契約(以下本件契約という)を締結し、同訴外会社に対し販売権利金(以下本件権利金という)として金三〇〇万円を支払つた。

2  ところが、右「オーエックス・ワン」の販売については同訴外会社が県代理店ではないことが、判明したため、同年一一月八日原告、被告、同訴外会社間で同訴外会社の本件契約上の地位を被告会社が承継する旨の合意をなすところとなつた。

3  しかしながら、さらに被告会社もまた、すでに同年一〇月二七日、「オーエックス・ワン」のメーカーである訴外シンエイ電機産業株式会社(以下訴外シンエイという)との間でその全国総販売元の資格を失つているうえ、被告会社から原告に納入された商品はいずれも欠陥商品で且つ補修・補完の不可能なものであることが後になつて判明した。

4  そこで原告は被告会社に対し、昭和五六年一月一〇日、履行不能に基づき、本件契約を解除する旨の意思表示をなした(その頃被告会社に到達)。

5  而して、被告会社は独立した事務所を持たず、その代表取締役である被告武田一福(以下被告武田という)個人の自宅を連絡先とし、独自の従業員もおらず、役員として登記されているのは、代表取締役として被告武田、取締役として同被告の妻訴外武田加代子、監査役として同被告の母訴外武田ふじのといつた同居の近親者のみであり、しかも会社としての資産は有していないなどの諸点に照らすと、形式上は法人格を有するものの、その実体は被告武田の個人企業で、被告会社即ち被告武田と言うべきものであるから、法人格否認の法理により被告武田も被告会社と同様の責任を負う。

6  よつて原告は本件契約解除に伴なう原状回復義務の履行として、被告らに対し各自、本件権利金三〇〇万円の返還と、これに対する訴状送達の翌日である昭和五六年六月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

原告の請求は、被告会社に対する請求と、被告会社が法人格を有しない場合の被告武田に対する予備的請求を併合したものとしか構成し得ず、これは主観的予備的併合に該るものとして、不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の認否〈省略〉

四  請求原因に対する認否〈省略〉

五  抗弁

1  原告は昭和五五年一〇月下旬になつても本件の商品代金を全く支払わなかつたので、被告会社は本件契約を解除したものであり、本件契約上かような支払の遅滞による解除の場合は本件権利金の返還を要しないと定められているから、被告会社に右返還義務はない。

2  本件商品の欠陥等をめぐる紛争につき、昭和五五年一二月一九日、被告会社において本件権利金の返還の件も含め、金一五〇万円を支払うことで原告と被告会社間で和解が成立し、その頃被告会社において右金員を原告に支払済であるから、本件権利金の返還債務は消滅している。〈以下、事実省略〉

理由

一被告らは、本件のごとく法人格否認の法理の適用を求める場合は、被告会社に対する請求と、被告武田個人に対する請求は主観的予備的関係に該るからその併合請求は不適法として許されない旨主張するのでこの点につき検討する。

思うに、法人格否認の法理は、法人格が形骸に過ぎないとか法律の適用を回避するために濫用されている場合に、法人としての存在は認めながら、特定の法律関係について、形式上の法人格とその実体をなす個人若しくは別法人を同一視して取引の相手方を保護し、具体的妥当性をはかろうとするものであり、法人格そのものを否定し去つてしまうものではないから、相手方は、法人格否認の法理が適用される場合には、法人とその実体たる個人(若しくは別法人)の両方に対しあるいは各別に責任を問うことができるものと解すべく、右法人に対する請求と、その実体たる個人に対する請求は、両立しうる関係にあることが明らかである。従つて、被告会社及び被告武田に対する本件訴は主観的予備的併合には該らないものと解されるから、被告の右主張は前提を欠き採用し得ない。

二請求原因1及び2の事実並びに同3の事実中、本件の商品が補修・補完の不可能であつた点を除く事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして右争いの事実に、〈証拠〉を総合すると、原告は自動車エンジンに取り付ける燃費節減器「オーエックス・ワン」につき、商品価値あるものとしてこれを販売するために、訴外名東産業との間で本件購入契約をなしたものであるが、同訴外会社及びこの契約上の地位を承継した被告会社から納入された右商品には燃費節減の効能はほとんどなく、却つて燃費の浪費を生ぜしめたり、これを取り付けた自動車自体の損傷をもたらしたりし、原告の販売先から苦情が続出し、損害賠償の問題が起こるなど、契約の目的を達成し得ないものであつたこと、そこで原告は完全な商品を早期に納入するよう被告会社に申し入れていたが、被告会社は既に昭和五五年一〇月二七日、「オーエックス・ワン」のメーカーである訴外シンエイとの間でその全国総販売元の資格を失つていることが判明し、商品価値のある燃費節減器を原告に供給できる見込もなかつたため、原告は被告会社に対し、昭和五六年一月一〇日、本件契約を解除する旨の意思表示(その頃到達)をなしたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、本件契約は被告会社の責に帰すべき事由に基づく商品納入の履行不能により全くその目的を達成し得ずに有効に解除されたものであり、被告会社には原状回復義務の履行として本件権利金の返還義務が生じたものと認めることができる。

三而して、〈証拠〉によれば、被告会社は、昭和四七年五月、被告武田の個人企業を税金対策から法人化した有限会社で、昭和五〇年以来休業状態にあつたが、昭和五五年七月から本件のオーエックス・ワンを販売するようになつたもので、従業員はおらず、被告武田と妻訴外武田加代子が右販売に従事してきたこと、被告会社は実質的には代表取締役である被告武田が動かし、役員には取締役に妻加代子、監査役に被告の母訴外武田ふじのといつた同居の近親者のみが就任しており、右の選任手続とか社員総会の開催等の履践はなされておらず、被告武田方居宅を事務所とし、被告武田個人の架設電話を使用し、会社代表者印も被告武田の実印を共通して使用してきたことが認められ、また、被告会社独自の見るべき資産の存在も窺うことができない。

右事実に徴すると、被告会社の実体は全く被告武田の個人企業にほかならないものと目すべく、被告会社即被告武田、被告武田即被告会社であつて、法人格は形ばかりのものとなつていることが認定でき、右認定を左右するに足る徴憑は見出し難い。

従つてかような場合、取引の相手方たる原告は法人格否認の法理により、被告武田に対してもまた被告会社に対すると同一の責任を追及することができる。

四そこで抗弁につき審案する。

1  (抗弁1について)

なるほど、〈証拠〉によれば、本件契約上、代金等の支払遅滞により売主たる被告会社において本件契約を解除したときには本件権利金の返還を不要とする旨の約定があつたことが認められるけれども、原告側の債務不履行に基づき解除が有効になされた事実は本件全証拠によるも到底これを認め得ないから、畢竟、被告らの抗弁1にかかる主張は採用できない。

2  (抗弁2について)

抗弁2の和解による本件権利金返還債務消滅の主張もまたこれを認めるに足る証拠はなく排斥を免れない。即ち、

〈証拠〉によると、昭和五五年一二月一九日原告と被告会社及び訴外シンエイとの間で確約書が交わされ、その中で、本件契約にかかるオーエックス・ワンが欠陥商品であつたことに関して、原告に対し、被告会社が金一五〇万円を、訴外シンエイが金三〇〇万円を各支払う旨の合意がなされたことを認めることができるけれども、右の合意は、右確約書の文言上も、「損害保証」(補償の意)についてのものであること並びに証人中斎昌平、同杉山卓也の各証言に徴し、前記二に認定の事実に照らして考えると、右合計金四五〇万円は、原告の受けた営業損失の補償金として支払われることとなつたのであり、本件権利金の返還については別問題として残されており、右の合意内容には全く含まれていなかつたものと解されるから、右の合意によつて本件権利金も含めてすべての清算がなされたと見ることはできず、被告兼被告会社代表者本人尋問の結果中、右の合意によりすべての清算がなされたと思うとの供述部分はその根拠を欠く(被告武田の主観としてはたとえそうであるとしても)ものと言うほかない。そして他に本件権利金の返還債務を消滅させる旨の合意がなされたことを認めるに足る証拠はない。

してみれば、原告は本件権利金の返還を被告会社及び被告武田に対して求めることができるものと言うべきである。

五以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(金馬健二)

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